今週の山頭火句

今週の山頭火句 すわれば風がある秋の雑草  山頭火

2010年4月30日金曜日

『第2回俳句一草庵賞』決定。

                           『第2回俳句一草庵賞』
               (開催日 平成22年4月29日)


俳句一草庵大賞
家よりの一歩を春の旅となす   松山 村上邦子

(評)「フランスへ行きたしと思えどもフランスはあまりに遠し」と誰かの詩があった。
「人はみな旅せむ心鳥渡る」波郷の句をある。
家を出ることで日常とは異次元の世界へ遊びたいのは、春の誘いであろうか。(熊野)

小西昭夫・選
【特選】原罪というべきか少年と薔薇  伯方高校 安部光陽

(評)アダムとイブが犯した罪がすべての人間に背負わされているというのが原罪。
犯罪でなくても、嘘をついたり約束を破ったりすることも立派な罪である。
もちろん、無垢な少年と薔薇も原罪とは無縁ではない。

 【入選】美容院出て春風に近づきぬ   松山 村上邦子

(評)何かに「近づく」といえば、一般的には形のあるもの。
この句の面白さは、近づくのが春風という形のないものであるところ。
オシャレだ。

白石司子・選
【特選】桜餅十二単は重すぎる  新居浜西高校 岡部 咲

(評)「桜餅」と「十二単」の取り合わせの新鮮さにまず驚いた。
桜色の美しさから十二単を思いついたのかもしれない。
それから下五「重すぎる」に十二単だけでなく、人生、そのものの重たさみたいなものを感じた。
一句全体からは、何となく気だるい春をもてあまし気味の作者像も見えてくる。

【入選】花の雨けふは饂飩でも打とか 松山 浅海好美

(評)この句から「うどん供えて、母よわたくしもいただきまする」を思い出した。 
もちろん作品中に山頭火は不在であるが、短い花時をいっそう縮めたりする「雨」だからこそ、
作者は山頭火と心を通わせ、「けふは饂飩でも打とか」のフレーズを得たのかもしれない。
美しい桜の花の頃の雨、また「けふ」という、やわらかい旧仮名表記、しかし。「打とか」の
生の口語が、生きることへの図太さみたいなものを感じさせる。場面の飛躍が見事な句だ。

橋正治・選               
【特選】ひと言の嘘にはじまるおぼろかな   松山 伊藤海子

(評)自然には表裏がない、かけひきもない。
かけひきを含んだ多くの嘘はいつか自然の前に審かれる。

【入選】お互いの話そこまで夕桜        松山  谷口君子

(評)雄弁には偽りが多く、静かな独言には真実がひそむ。
それでは夕暮のほのかな春の哀愁を満たしましょう。


本郷和子・選
【特選】家よりの一歩を春の旅となす   松山 村上邦子

(評)家を出て一歩踏み出すともうそこは春の旅。
遠くへ行くこうが近くであろうが外に出ることすべて旅である。
平明な句であり優しい発見がある。

【入選】若者を都会へさらふ春一番    松山 三好真由美

(評)春一番が物を攫うのは当たり前であるが、若者を都会へ攫うという発想は、
新鮮であり、一面、現代社会をも表現している。躍動感のある句である。

熊野伸二・特選
【特選】飛花落花チンパンジーの大欠伸  大阪市豊中 三上照昭
 
(評)ぱっと咲いて、一斉に散る桜に、人間はさまざまな感慨を持つ。
戦争中には、「桜のように、ぱっと散る」ことを誉とする思潮さえあった。
が、チンパンジーには通じない。のどかな春の退屈を大欠伸する無頓着が、
むしろうらやましい。

 【入選】異郷へと踏み出すペタル四月かな  済美平成 飯尾沙也夏

(評)四月は、新しい年度の始まりであり物みな生命がみなぎるシーズン。
自転車のペタルを踏んで出発するのは、地理的な異郷であると同時に、
心の異郷への旅発ちをも意味しているのだろう。

一草庵会場賞
たっぴりと春含みたる筆の先            新居浜 永井由紀子
ととととと鳥走りをり風光る            松山 宮本シゲ子
つんつんと筍頭をだし地球割る      松山 福田佐奈枝
啓蟄 や脱衣かごより赤いシャツ    松山 高田ヨネ子
生かされて胸の奥まで春の波     松山 村上邦子

一草庵若葉賞
異郷へと踏み出すペタル四月かな   済美平成  飯尾沙也夏
ラーメンの三分長し春時雨         愛光学園  岡田志具麻
桜の木緑のはっぱに衣がえ        荏原小   久保香織


2010年4月29日木曜日

『第2回俳句一草庵』開催。

「俳句一草庵」を、4月29日開催。
投句者の、投句者による、投句者のための、公開句会ライブと称して。
ご存知の俳句甲子園を真似て。

4月に事前投句を募集して、約300句が集まりました。
高校生からおじいちゃん、おばあさんまで、約70人以上の方が来庵してしてくれました。
午後1時から4時まで、帰らず楽しんでくれて、ホッとしました。

<大賞>  
家よりの一歩を春の旅となす      村上邦子
<特選>  
原罪というべきか少年と薔薇は    安部光陽(伯方高校)
桜餅十二単は重すぎる         岡部 咲(新居浜西)
ひと言の嘘にはじまるおぼろかな   伊藤海子
飛花落花チンパンジーの大欠伸    三上照昭

「原罪というべきか少年と薔薇は」の句、わかりますか。

原罪とは、人間が最初に犯した罪。
神はアダムとイヴに楽園にあるどの木の実も食べて良しとした。
ただ、知恵の木の実だけは、食べることを禁じた。
地上で一番こうかつな蛇が、イヴに神の命令にそむいて、
禁じられた知恵の実を食べるようすすめた。
イヴはそれを食べて、アダムにも食べるよう勧めた。

神の定めた律法を破ることによって、それ以来、全ての人間は、
アダムが犯した原罪を負ってこの世に生まれ、生きていくことになったという。

何も知らない初々しい純粋な明日に向かって羽ばたく少年。
今、まさに咲こうと、世の中に初めて顔を出そうとする、真紅のバラ。
少年がアダムで、バラがイブなのだろうか。
少年とバラは、原罪を背負っているのだろうか。
背負わせていいのだろうか。
この哲学的な現代俳句が、強く印象に残りました。