今週の山頭火句

今週の山頭火句 ひらくより蝶がはなのうへ 山頭火
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2023年9月30日土曜日

第36回山頭火俳句ポスト賞の発表

  <<第36回山頭火俳句ポスト賞>>

      


(投句期間 令和5年3月1日~8月31日)
 
 一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、183句。
(県外の投句は、18句(八王子市、横浜市、高槻市、太田原市、藤沢市、名張市)

 表彰式は、山頭火命日10月11日(水)13:30~15:00 一草庵に於いて
 表彰式及び俳句談話会
 (山頭火の遺品 鉄鉢と煙管を公開します。)

                  

                 
山頭火俳句ポスト大賞
雨の匂いに耳を澄ます      松山市 福岡美香 
評】感覚的で繊細な句である。雨の匂いは鼻で嗅ぎ、雨の音は耳で聞く。
 ところが、この句では雨の匂いを耳で聞くのだ。その嗅覚と聴覚との融合が面白い。
 人間の五感ももともとは一つの感覚だったのではと思わされる。
 山頭火や放哉とはちょっと違った自由律の佳句である。                                                                                     

山頭火一浴一杯賞
 ゆつたり訪うて松山に春雨にゐる    名張市 宮崎絋陽 
     
【評】「松山に」、「春雨に」の助詞「に」のリフレインによる畳み掛けるよ
うな表現が松山を訪れたよろこびを表現。「ゆつたり」なので、山頭火さんも
好きだった道後温泉にも行かれたのかもしれない。しっとりとした情のこまや
かな感じの「春雨」も効果的だ。(白石)

                  

                   
山頭火柿しぐれ賞
花野発銀河鉄道最終便            松山市 今岡美喜子
【評】漢字ばかりで決めた句である。花野は秋の季語。宮沢賢治の銀河鉄道
か松本零士の銀河鉄道かどちらも宇宙へ向かって進む。最終便であるから
夜の景色だろう。なんと、壮大なロマン溢れるドラマ性のある一句となった。(本郷)
                  
小西昭夫選
【特選】山の懐へ入る       松山市 門屋哲司
【評】山頭火の「分け入つても分け入つても青い山」を連想するが、山頭火の
句が青い山の混沌の中に取り込まれた不安のようにも読めるのに対して、
この句は自ら進んで山の懐に入るという意志と主体性が際立っていて、作者
のゆとりと強さが感じられる。
【入選】掛け違うボタン直して心太 松山市 亀井たかし
【評】もちろん、「ボタンを掛け違える」という慣用句が意識されているのだろ
うが、実際に衣服の掛け違えたボタンを直したと読んで、掛け違えたボタンを直
すのは心太を押し出すようなものなのだと余分な意味を排除して読んだ方が面白いかも。

白石司子選
【特選】嘘多きをとこ蚯蚓の顔に似て      松山市 辻原雅子
【評】男性、女性のどちらが「嘘多き」なのか不明だが、謝罪会見などからある
   程度は想像できる。口は開くが、眼が無く、二分してもそれぞれが再生して
   二匹になる「蚯蚓」の斡旋が一句を諧謔味溢れるものにしている。
   男性優位という世の中の流れはなかなか終わりそうにない。

【入選】一緒に休んだ木陰が大きくなっていたよ 西予市 西園寺明治    
【評】誰と一緒に休んだ木陰だろうか。作者の成長と共に木も木陰も大きくなる
わけだが、「一緒に休んだ」の切り口が多くを想像させる。また、「大きくなっ
ていたよ」の口語調の自由律もやさしく山頭火さんの俳句大会にふさわしい。

本郷和子選
【特選】ポンと抜く初夏いっせいに発砲す 松山市 今岡美喜子  
【評】おそらくラムネの栓をポンと抜いたのであろう。初夏がいっせいに発砲する とは、なんと、おもしろい表現であろうか。ラムネの泡が、あふれるように発泡す ることを初夏と重ねたところが巧みである。今、この光景をあまり見ることがないが、 やはり夏が来るとポンと栓を抜く動作がよく似合うものである。

髙橋正治選 
【特選】踏み出した足の独り言        横浜市 相原光樹
【評】井戸の底に棲む蛙には、人生の全景は見えないけれど、踏み出せば見つめる
世界は素晴らしい。一人の世界を照らす光も美しい、ひとりの歩きを支えるのは
只々「ありがとう」の一言に尽きる。

【入選】母は壊れて時々梅雨晴れ       松山市 松崎赤子
【評】生みの苦しみの中に深い生みのよろこびを知るものは母である。
人間最愛のものを与えられている母性にひざまずく。私のお母さん心配しないで、
側にいるから大丈夫だよ。 
            

2023年4月4日火曜日

第35回山頭火俳句ポスト賞の発表!

            

                   

(投句期間 令和4年9月1日~令和5年2月28日)
 
 一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、177句。
(県外の投句は、38句(札幌市、恵庭市、つくば市、松戸市、横浜市、宇都宮市、
 厚木市、大垣市、浜松市、滋賀県蒲生郡)でした。

 表彰式は、4月29日(土・祝)13:00~13:30
 公開俳句大会「俳句一草庵」会場で実施。


 
山頭火俳句ポスト大賞
訪ね来て柿たわわなり一草庵  宇和町 玉井 澄 
評】柿の木は高さ約10メートルに達する。一草庵の柿の木もそれに近い。
 昭和十四年十二月入居、山頭火が来松して「十六夜柿の会」を結成主宰した自由律俳句
 結社であり、柿の会とは一草庵に当時も柿の木があって師走の柿から名づけた。
 訪ね来て柿色の柿がたわわに迎えてくれた抒情は、かぎりなく心を誘惑する。(髙橋)
                                                                                          
山頭火一浴一杯賞
 腹が減った道後へ行こう          松山市 山椒魚 
     
【評】空腹を満たすのになぜ「道後へ行く」のだろう。答えは簡単。
道後温泉に浸かるのである。まず空腹を満たすのだろうか。
入浴が先だろうか。それはともかく、一浴のあとは一杯である。(小西)
 
山頭火柿しぐれ賞
冬の月句碑ぽつゝと語りだす       松山市 太田辰砂
【評】冴え冴えとした月が真上を高く渡る夜、作者は句碑と対峙した、
 いや、嘗て目にした句碑を思ったのかもしれない。研ぎ澄まされたように輝く月に
 対応するように、後世に業績を伝えるための句碑がぽつぽつと語り始めるのである。(白石)

       
小西昭夫選
【特選】半島の先の先まで島蜜柑            松山市 中村とみ子
【評】耕して天に至る段々畑のことはよく詠まれる。それが垂直のベクトルであるとすれば、この句は水平のベクトル。
  島の半島の先の先まで蜜柑が植えられているのだ。人間はすごい。

【入選】ちゃんちゃんこ羽織れば戻る妣の子に   松山市 関谷昌子
 【評】子供のころは、防寒のために母が着せてくれたちゃんちゃんこ。
  いまでは着る人は少なくなったが、愛用しているのだろう。ちゃんちゃんこを着る度に、若かった母や幼かった自分がよみがえるのである。

白石司子選
【特選】凩や大きな笠と鉄鉢と           松山市 矢野閲子
評】草庵にある山頭火の「大きな笠」と「鉄鉢」とを単に羅列しただけのような句であるが、季語「凩」がその生涯を暗示。たったの十七音で小説に匹敵するような内容をも盛り込めるという見本のような句である。
【入選】かくし玉どんぐり一つ鏡台に  松山市 今岡美喜子
【評】子どもの頃、木の実を宝物のように箱などに保存していた記憶があるが、
たかが、いや、されど「どんぐり一つ」なのである。何かがあった時の「かくし玉」と
して、すぐに取り出せるように日常的に使う「鏡台」にこっそりと備えているのである。

本郷和子選 
【特選】老木に力みなぎる緑の芽          松山市 桝谷明美
【評】何十年も、いや何百年以上も生きている老木であり、春になれば必ず若緑に芽吹
 いてくるのだ。樹の生命力を「力みなぎる」と表現した。
 これは、人間にも言えること。たとえ肉体は老化しても。その精神と生きる力はまだ
まだみなぎっているのである。読む者にとって、一句からの力をもらった感がある。

【入選】初御神籤訓戒胸に固結び        浜松市 力武由起子
【評】御神籤にはなんと書いてあったのだろう。恐らく訓戒であるから、さとし、
いましめる言葉があったにちがいない。作者は、その言葉をしかと胸に受け止め、
おみくじを、近くの木の枝に固く結んだのである。大変、素直で真面目な性格の作者と
思われる。この一年、きっと幸せであるはずだ。  
髙橋正治選 
【特選】川を歩いてひとりじゃない       横浜市 相原光樹
【評】その流れには小魚が無心に泳いでいる。明るい太陽、うまい空気、美しい水、生かされているのだ。とかく独りでいると雑念に埋もれて淋しくなる、感情の浪費に疲れる自分で自分に語ることで寂しい救いを得る。けれどひとりじゃない肩の力を抜いて胸をはって歩け。

【入選】山茶花咲いて早や一年        松山市 富海美枝
【評】さまざまな出来事に胸痛む月日が過ぎるが、嬉しいこともあった。季節はちゃんとめぐってくれている。草木も、花も、虫も、鳥も季節毎の営みを重ねてくれる。そんな世界にいる自分に感謝したいと祈る。そして我が子には、ことさらの思いを込めて祈れば、一年が少し長くなるだろう。
                     

※ 画面への貼り付けが、上手くできませんでした。

2022年9月24日土曜日

「第34回俳句ポスト賞」の発表!

       <<第34回山頭火俳句ポスト賞>>

                   

                   

(投句期間 令和4年3月1日~令和4年8月31日) 
                                              
一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、299句。
(県外の投句は、174句(函館市、仙台市、横浜市、藤沢市、郡上市、半田市、大阪
市、富士吉田市、山口市、柳井市、光市)でした。

 表彰式は、10月9日(日)13:00~13:30
 山頭火一草忌の後、一草庵広場で実施。


                 

      
山頭火俳句ポスト大賞
月をみる争いもみる地球人       松山市 太田辰砂
 評】月と言えば秋の月である。地球に住む人間はだれもが秋の美しい月を見る。
しかし、地球上では争いが絶えない。その争いも人間は見ているのだ。美しい月も争いも
地球人の我々は同時に見ている現在、ロシアとウクライナの戦争に悲しい思いをしている
全人類を月はただ美しく照らしている。(本郷)
                                                                                              
山頭火一浴一杯賞
 梛の葉娘と拾う一草庵            柳井市 廣中 淳       
【評】梛には雌雄とあって花は夏に咲き淡黄色、そして球形の種子を結ぶ。
つやつやとした葉は鏡台の引き出しや、お守り袋に入れておくと幸せになれる
という。一草庵日記にも“梛の葉”とある。なぎは和ぎ凪で、
おだやかさを意味する。(髙橋)

 
山頭火柿しぐれ賞
火の音を聞きに来た             松山市 菅野 秀
【評】一般に花火は見に行くもの。夜空に開く大輪の花火の色や光を楽しむものである。
つまりは視覚の楽しみなのだが、言われてみれば、もし花火に音がなければ、
魅力は半減するだろう。もちろん、視覚も楽しませるのだろうが、
それを大胆に聴覚に絞った表現に意表を突かれる。(小西)

小西昭夫選
【特選】防空壕残る生家やヒロシマ忌        松山市 浅海好美
【評】ロシアによる核兵器の使用が云々される時代では、余計に「ヒロシマ」は重い。
生家に残る防空壕は「ヒロシマ」「ナガサキ」に限らず、戦争の悲惨さに思いを至らせ
平和への希求を新たにしてくれる。
【入選】太平洋平のあたりに鯵を釣る        松山市 河野美子
【評】太平洋が枕詞のように使われていて面白い。「太平洋」の文字のまん中に「平」
の字があり、別に太平洋でなくても平らな海、穏やかな海で鯵を釣ると読んだのでいい
だろう。このゆとり、遊び心が何とも愉快である。
白石司子選
【特選】おちついて死ねそうもない猪来たる  西予市 宇都宮諦愚
【評】山頭火が一草庵入庵の日に、朱鱗洞の最後の句「いち早く枯るる草なれば実を
結ぶ」に呼応するように詠んだ、「落ち着いて死ねさうな草枯るる」の本歌取り。
農業をされている方などには、「猪来たる」は、「実を結ぶ」どころではなく、
まさに死活問題であり、単なる「もじり」の句で終わっていないところがすごい。
   
【入選】春昼や致睡量ああパン二つ       京都市 伊東沙也加
【評】物事を調べるには様々な情報が氾濫しているインターネットよりも、やは
り辞書が一番確実だと思って「人生の意味」を調べようとしたのであるが、
やめてしまったのかもしれない。生きる意味の答えは本当に難しい。無季句で
あるが多くを語っているし、「引こうとした」という口語が一句を深刻なもの
にしていない。
本郷和子選 
【特選】鬼の子の蓑より覗く小宇宙       松山市 西野周次
【評】蓑虫は鬼の子とも言って、木の葉をつづり合わせて蓑のような巣を作り
その中に棲む。この中で羽化して蛾になるものと、雌には脚がなく羽化せず一生
蓑の中にいる。鬼は蓑笠を着ているという伝承から鬼の子、鬼の捨子とも言われる。
時に鬼の子は蓑の外を覗くが鬼の子にとってそれは小宇宙である。
上五「蓑虫」とせず「鬼の子」とすることで俳諧味が出た。

【入選】廃校のカフェは満席かき氷      松山市 古沢登美子
【評】過疎になった田舎の小中学校が閉校になった話は毎年のように伝えられる。
その廃校にカフェがオープンし住民が多く、ランチやお茶を楽しみ来る。
この暑かった夏は、かき氷を求めて満席になったという。廃校というマイナス面と、
満席というプラス面を取り合わせたところが巧みである。
   
髙橋正治選 
【特選】姫蛍忘れられた記憶を光らせる     松山市  西園寺明治
【評】日が暮れて、やがて夢のような青い蛍の光が闇に流れる。青い光は歌麿の刷った浮世絵の女人の眉のような弓なりの線を描く。幻の恋、悲恋でもないか。
【入選】狭い庭ゴーヤひまわり夏爛漫     松山市 曽根ともみ
【評】ひまわり程、太陽を憧れるものはないだろう。その真実の花は陽に向いて廻る。ゴーヤはつるをのばし蔭をつくって風を呼んでくれる。四季を通じて感じられるものに視覚がある。土の心はその人のこころ、夏は触覚、秋は味覚を。

まつやま山頭火倶楽部賞 
山のぼりサワサワーッとはるのかぜ       松山市 森 心晴
【評】作者は7才だった。一草庵に来て御幸山に登ったのでしょうか.
“山のぼり”の上五で切れて、“サワサワーッ”というオノマトぺ(擬音語)で新鮮なさわやかな彼女の心が、作意なく表現されています。季節は違うけれども、子規の「六月を綺麗な風の吹くことよ」の一句がサワーッと頭に浮かびました。





2022年3月24日木曜日

第33回山頭火俳句ポスト賞の発表です。

      <<第33回山頭火俳句ポスト賞>>

                   

                   

(投句期間 令和3年9月1日~令和4年2月28日) 
                                              
一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、138句。
(コロナ禍に関係か、県外句は8句)
表彰式は、4月29日(祝)13:00~13:30
    公開俳句大会「俳句一草庵」会場で実施します。
会場 一草庵(松山市御幸1丁目476)
                 

      
山頭火俳句ポスト大賞
山笑う山から山頭火下りて来た   松山市 浅海好美
 【評】「山笑う」明るい春となり、山から下りて来たのは小僧ではなく山好き
な山頭火さん。「山笑う」「山」「山頭火」の「山」の繰り返しがリズムを生
み、童謡「おおさむこさむ(大寒小寒)」を思い出した。(白石)                                                                                                  
山頭火一浴一杯賞
浜焚火大風呂敷の輪に入りぬ       松山市 西野周次       

【評】浜の焚火を男たちが何人かで囲んでいる。皆それぞれに愉快な会話が
弾んでいるのだろう。「大風呂敷」であるからいろいろと想像するのも楽しい。
作者もその輪の中に入り笑いながら合槌を打っているのか、ご自分も負けずに
大風呂敷を広げているのか、季語を生かしたおもしろい一句となった。(本郷)
 
山頭火柿しぐれ賞
一草庵寝転んで見る萩薄         松山市 西 敏秋
【評】日本の秋、いろいろの草花を見出すが、その中で、はっきり秋の景色
を謂えてくれるのは、萩とススキである。日本の秋を象徴し代表するのである。
ちなみに、「萩がすすきが今日の道 山頭火」の句がある。(髙橋)

小西昭夫選
【特選】笑う山笑わぬ山も肩ならべ     八幡浜市 後藤明弘
【評】俳句の世界では冬の山は「山眠る」、春の山は「山笑う」という。
冬の山は木々の芽吹きの準備などで何となくざわざわしてくる。
これが「山笑う」ということだが、冬から春への季節の変わり目には笑う
山と眠る山が肩を並べているというのだ。機知の句ではあるが、季節の移
り変わる感じを上手く表現している。

【入選】しあわせを手押しポンプに汲む春日  松山市 長澤久仁子
【評】「手押しポンプ」がいいなあ。水道をひねって汲む水とは違って、
手押しポンプには水を汲むための能動的なかかわりがある。それは手押し
ポンプを押すことだが、蛇口を捻るのではないかわりに汲んだ水や汲む人
に射す春日がしあわせを実感させるのであろう。

白石司子選
【特選】整列のロシア兵墓地鳥雲に       松山市 長澤久仁子
【評】春、北方に帰ってゆく鳥の姿が雲間に隠れるさまをいう季語「鳥雲に」
が効果的。もちろん整列しているのは墓地であるが、そこに眠るロシア兵たち
が列を調えて鳥を見送っているようでもあるし、兵たちのたましいも一緒に帰
ることが出来ればいいと祈っているような作者の心象もみえてくる。

【入選】人生の意味を辞書で引こうとした     京都市 植木暮四
【評】物事を調べるには様々な情報が氾濫しているインターネットよりも、やは
り辞書が一番確実だと思って「人生の意味」を調べようとしたのであるが、
やめてしまったのかもしれない。生きる意味の答えは本当に難しい。無季句で
あるが多くを語っているし、「引こうとした」という口語が一句を深刻なもの
にしていない。
本郷和子選 
【特選】身に入むや人にもありぬ裏表        松山市 西野周次
【評】「身に入む」とは晩秋の季語になるが、元来、和歌に愛用された言葉で
「哀れ」を主調として用いていたが、俳諧では感覚的に感じ取って「冷気」を主
にして言う。秋冷の気を身にしみ通るように感じること。人には裏表があるこ
とが冷気のようにしみ通るのだ。
【入選】冬うららトーテムポールに野球帽   松山市 青井真須美 
【評】発見の句である。トーテムポールの上に野球帽が投げてひっかかったのか、
又は、わざと乗せているのか。意外性のある情景を句にしている。冬晴れのうら
らかな日のんびりと歩いて、この景を見つけた作者の何気ない写生の句である。
髙橋正治選 
【特選】客用のカップで紅茶ひとり楽しむ     松山市 岡田道子
【評】お客様を送り出してより後はガランとして閑かである。一人縁側に出て、
もう一度藤の花を仰いだ。もう薄紫に咲き揃っているその美しさ、お客になっ
た気分で紅茶をいただいた、そんな景が見えてきた。
【入選】新そばを二人ですする二人の秋       松山市 長井道子
【評】そばを食べる時は、少し早目にざあざあと音を立て遠慮なく食べるのが
うまい。鼻や舌に残るあと味もよい。旅行の駅で僅かな時間で立ち食いするの
もうまい。
まつやま山頭火倶楽部賞 
えんがわにもみじたなびく十二時半  勝山中学 植木晴子
【評】「誕生日午前十時の桐の花(川崎展宏)」の句を思い出した。
「十二時半」の言葉に発信力があります。午前九時でなく一六時でなくて。
一草庵にも縁側がありますが、縁側は家族や友人の集う憩いの場です。
食後のお茶を飲み終わったところでしょうか。「もみじたなびく」、
たなびくの言葉に動きがあっていいですね。これからの午後に新しい夢と
活力を感じました。










                  

 

2021年9月27日月曜日

第32回山頭火俳句ポスト賞の発表

第32回山頭火俳句ポスト賞を発表します。

                   

                   

(投句期間 令和3年3月1日~8月31日) 
                                              
一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、212句。
表彰式は、10月3日(日)13:00~13:30
    「山頭火・朱鱗洞句碑除幕式」会場で実施します。
会場 愛媛県護国神社万葉苑西(松山市御幸1丁目476)
                 
    
    
山頭火俳句ポスト大賞
秋澄むや斜塔の如く立つ麒麟       松山市 西野周次                                                                                               
【評】キリンの立っている様を斜塔のようにと詠んだ。確かにキリンの首は長くこれほど背の高い動物は他にない。
背景の秋空とキリンの首が美しくその景が見えるようだ。
「如く」俳句を好まぬ人も多いが、例えば中七と下五を「麒麟の首は斜塔なる」としてはどうだろう。(本郷)

山頭火一浴一杯賞
団栗を句碑に供えて山翁忌             松山市 西 敏秋 
【評】団栗とは一草庵の恩人どんぐり先生の愛称でもある、人格の味にひかれた
山翁、お豆腐の味、二人の味が相会って相語るのであるから話は変っていてゆかいなものであったろう。(髙橋)
 
山頭火柿しぐれ賞
冷し酒今年も届く明太子             松山市 河村 章 
【評】いかにもお酒がお好きなことが分かる句である。飲んでたら明太子が
届いたのか、明太子が届いたから飲み始めたのか。毎年届く友からの明太
子である。友は作者のことをよく知っているのだろう。
酒もいいけど甘い柿しぐれもいいですよ。(小西)

小西昭夫選
【特選】蝉時雨の中一人シャッターを切る      藤沢市 前島大樹
【評】芭蕉の句ではないが、この句からは蝉時雨の騒がしさの中の閑けさを感
じる。蝉時雨の音しかないのだ。あとは一心不乱に切るシャッター音のみ。
被写体は分からないが自然と人間の対比が鮮やかである。

【入選】初デート少し残したアイスティー   松山市 宮田壽明
【評】ひやー、初々しいなあ。思い出の句だろうか、それとも若い人のリア
ルタイムの句だろうか。初デートで少し緊張している。だから、アイスティーも飲み切れなかったのだろうか。それとも「少し残した方がいい」という誰かのアドバイスだったのだろうか。アイスティーがオシャレ。
  
白石司子選
【特選】運慶の肉叢刻む雲の峰        松山市 小坂三国
【評】むくむくと湧きのぼる巨大な塔や山のかたちをした雲の峰に触発され、東大寺南大門の金剛力士像に代表される運慶の重量感ある力強い彫刻を思ったという二物衝撃句。
「肉叢(ししむら)刻む」がこの句の眼目である。

【入選】カレンダー捲れば一気に夏の海      松山市 亀井紀子
【評】原因・理由を示す助詞「ば」が、一句を理屈っぽくする場合もあるが、この句が成功しているのは、副詞「一気に」の斡旋、また、「夏」ではなく、「夏の海」への飛躍によるもの。キラキラ輝く夏の海が、まさに一気に眼前に広がってくるようだ。
  
本郷和子選 
【特選】海原の底からサーファー現れぬ      松山市 田村七重
【評】東京オリンピックでTVのウインドサーフィンを見た。
大きくうねる波が立ち上がる時、サーファーは息を呑むように豪快に波の上に現れる。
「海底の底から」という表現に心打たれた。

【入選】歳やけんもう逆らわん猫じゃらし   松山市 八木重明 
【評】この伊予弁にたとえようもなく惹かれる。又、この句の内容が良い。
猫じゃらしの風のまま揺れる様子は、物事に逆らわない有りのまま自然のままに生きる姿にも重なるのだ。この句は私自身納得の句である。
         
髙橋正治選 
【特選】蟻の列丸い地球をまっすぐに        松山市  松田洋一
【評】地球という自然は、物凄い活動の当体であるが不動に見える。
 動を不動の調和に支えられ、万物は今日の一瞬を悠々と保つ。

【入選】半夏生余命を如何に八十路坂       松山市 八木重明
【評】私と子供、私と誰か、平凡の毎日の中、いつもとは言えないが、やさしさや励ましを必要とするときこその役目がある。人生の言葉の深さがある。







                  

 

2021年3月19日金曜日

第31回山頭火俳句ポスト賞の発表

 第31回山頭火俳句ポスト賞を発表します。

                   

                      

 (投句期間 令和2年9~令和3年2月28日)                                              

表彰式は、4月29日(祝)の公開俳句大会「俳句一草庵」会場で行います。
               
                    
   一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、165句
   新型コロナの関係で、県外の投句は、五句(長野県伊那市、横浜市、徳島市)。
                   
  

         

  








山頭火俳句ポスト大賞     
  初紅葉今年も生者として見る   松山市 田村七重
【評】いつの時代も我々人間に降りかかるさまざまな災厄。そして、はなやかな中に散る寂しさを感じさせる紅葉だが、「初」、そして他を類推させる助詞「も」が、多くを想像させ、「来年も」、また、「亡くなられた人々の分も」という、作者の生に対する力強さを思わせる。「生者として見る」の断定がいい。(白石)

山頭火一浴一杯賞
あの世ではこの世があの世秋深し       松山市 かめいたかし
【評】あの世とは、浄土、天上界、仙境、常世(とこよ)などなどと言う。今私たちのいるこの世は現世。あの世に行けば現世はあの世になるという。なるほど、してみればこの世とあの世は確実に一本の道で繋がっている。そして境目はないのだ。あの世に行けば、今のこの世のことをどう思うのであろう。秋深くなって、いよいよ人生感、死生感を深くするのだ。(本郷)

 
山頭火柿しぐれ賞
鵙一声一草庵に響きけり                   西条市  丸山英子
【評】一草庵終極の光りは浄らかである。今こそ静かに想えば、寿命の長短
など観念の影であろう。鋭い一声の生命と一瞬の光が宿る。(髙橋)
     
小西昭夫選
【特選】
日の短かきをことりしきりに鳴く         松山市 福岡美香
【評】短い冬の日に小鳥がしきりに鳴いている。そんな小鳥っていたっけとツッコミを入れたくもなるのだが、そこがこの句の面白いところだ。個人的には鶲や鶺鴒が浮かぶのだが、どちらも秋の季語である。そんなことに拘らないのが自由律のいいところだ。七三六のリズムも愉快である。新しい小鳥の姿を見せてもらった。個人的には「ことり」は「小鳥」と書きたい。「ことり」だと「小鳥」がひらがなに埋没してしまうと思うから。
【入選】
あの世ではこの世があの世秋深し      松山市 かめいたかし
【評】面白いなあ。確かにあの世から見ればこの世があの世なのだ。この価値の相対化が出色だ。季語の「秋深し」ももの思わせる。ただ、この句の欠点を言えば、面白さの面目である「あの世ではこの世があの世」という認識が少し理屈っぽいところ。つまり、意味重視の句づくりになっているのである。すぐれた俳句は意味から自由である。

  
白石司子選
【特選】
 春耕や土黒々と深呼吸                   松山市  近藤節子
【評】「春耕」に「土」は少し近いような気もするが、黒ではなく、鮮やかな黒さで
「黒々」が、大地の輝き・重み、また、耕すことに対する作者の意気込みみたいなもの
を感じさせる。「深呼吸」しているのは、土でもあり、作者でもあるという解釈も可能だ。

【入選】  
おでん酒病自慢の始まりぬ               松山市 北村まさこ 
【評】庶民的で和やかな席を思わせる「おでん酒」。お酒がすすむごとに話題
となるのは、もっぱら孫の話かと思えば「病自慢」なのである。足腰などが衰
えるのも、いろいろなところが痛くなるのも生きていればこそ!おおらかで明
るい句である。
    
本郷和子選 
【特選】
晩年は障子明りに目覚めたし          松山市 今岡美喜子
【評】いつからを晩年というのか、現役を退き、子育ても終え、壮年期から老年期に入り、これからはゆっくりと残生を過ごしたいと思う。目覚まし時計も無縁となり、朝日の差す障子の明りによって目覚める。なんと健康的で、安らかな朝であることよ。だれしもの願望を込めた一句であろう。

【入選】
波止浜のクレーンはあくび春の風     松山市 奥村繁子
【評】造船所の林立するクレーンが欠伸をしているのだ。作者が見ている時、クレーンは退屈で静止していたのか、それとも大きく動いている様を欠伸しているようだと捉えたのか、どちらにしても独自の発想がおもしろい。欠伸に春の風の季語がマッチして巧みである。
         
髙橋正治選 
【特選】
不出来な苗にも春の夢                          松山市  西村きよし
【評】ほどよいしめりある畑、雑草をとったり耕したり、裸足で踏む春の土は温かい。土は春の光りを受けて、ふところをひろげる。母なる大地は全てを受けいれる。晴れた大空へ、まっすぐ一路に伸びるだろう。

【入選】
額縁の埃を払おう近いうちに          松山市 松崎赤子
【評】今年もその日が近づいてきた。合掌にこめるはその人と心を通わす。やさしい表情と心配り、合掌は愛と慈悲である。人として最も美しい姿である。


                  

2020年9月30日水曜日

第30回山頭火俳句ポスト賞を発表します!

 「第30回山頭火俳句ポスト賞」



 


(投句期間 2020年3~2020年8月31日)                                              
表彰式は、10月11日(日)山頭火の命日「山頭火一草庵まつり」会場で表彰。
               
                    
   一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、140句
   県外句は、新型コロナの影響及び一草庵休館のためありませんでした。


         

         

山頭火俳句ポスト大賞     
  この辺に牡蠣船ありて山翁忌    松山市 西 敏秋     
 【評】【酒にだらしなかった山頭火が、道後にあった「牡蠣船」の付馬をつれて藤岡政一さんのところに行き、藤岡さんと高橋一洵さんの二人が借用証書を書いて山頭火を引き取ったのはファンの間では有名な話。昭和十五年の五月五日のことである。その年の今日、十月十一日に山頭火は没した。山頭火の人生や藤岡さんや高橋さんの暖かさが書き留められており山頭火俳句ポスト賞にふさわしい句だと思う。(小西)

山頭火一浴一杯賞
 ふるさとへ防府の方へ野分雲      松山市 髙橋孝伯 
【評】山頭火は、明治十五年に現在の防府市に生を受け、大正十五年に「解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出」たのであるが、「ふるさとへ防府の方へ」という畳み掛けるような表現が季語「野分雲」とうまく響き合い、故郷に対する逸るような気持ちが一句全体から伝わってくる。また、野分を引き起こす雲である「野分雲」は山頭火の生涯の暗喩であるとも考えられる。(白石)
 
山頭火柿しぐれ賞
似て非なる自重に自嘲茨の実    松山市 西野周次 
【評】広辞苑には自重は自分の行いを謹んで、軽々しくふるまわないこと。自
 嘲は自分で自分をあざけること、とある。全く同じ「ジチョウ(・・・・)」であるが、
意味は異なる。二つの単語はどちらも自分をみつめる言葉である。季語の茨の実は、
秋、野山に自生するバラ科の落葉低木で赤い小さな実が熟す。自分を戒め自分の内面を
振り返る時、茨の実は的確な季語となっている。(本郷)
     
小西昭夫選
【特選】
 路地裏は早く暮れをりすいっちょん  松山市 今岡美喜子
【評】「すいっちょん」は馬追のこと。秋になって虫たちも鳴き始めた。日暮れも少しずつ早くなってきたが、路地裏の日暮れはさらに早い。そんな秋の深まりとさみしさを馬追の鳴き声に託して詠んだ。「すいっちょん」の押さえが見事である。

【入選】
 父知らぬ我が人生や終戦日      松山市 大川忠男
【評】「父知らぬ我が人生」にはそれだけ苦労も多かっただろう。何とか生き抜いて今の生活がある。だから、「終戦日」には万感の思いがこもる。戦争でお父様をなくされた方も多く、類句があるだろうことは予測できるが、個人の思いとしても二度と戦争を起こさないためにも何度でも書かれなければいけない句である。
  
白石司子選
【特選】
 余生にも目指すものあり青き踏む     松山市  大川忠男
【評】社会的な活動期を終えた後、つまり、「余生」は静かに送りたい思うのが一般的かもしれないが、この作者は尚且つ「目指すもの」があるのである。そして足の裏から春の喜びを味わうという季語「青き踏む」から前向きな姿勢が窺える。

【入選】  
 一草庵ラムネと語る昭和かな        松山市 西 敏秋
【評】清涼飲料の数も増え、いまは懐かしいものとなった「ラムネ」。そのラム
   ネを媒介として作者は誰かと昭和を語ったのであろう。何となく「おちつい
   て死ねさうな」、いや、ゆったりとした気分にさせてくれる「一草庵」だか
   らこそ、こういった心境にもなれるのである。
      
本郷和子選 
【特選】
白まんま炊き上ぐ八月十五日        松山市 辻原雅子
【評】白まんま(・・・)は白いご飯にこと。昔このような言い方をしていた人も多い、
 日本人として決して忘れてはならない終戦の日、白い飯を炊くことのできる意味は深い。昭和二十年に生まれた人はすでに七十五歳となる今、戦争を知らない人間ばかりとなる時代は恐ろしい。白まんま(・・・)とあえて表現したことで当時の状況、情景を彷彿とさせる共感句である。

【入選】
 水兵帽残る生家や終戦日       松山市 浅海好美 
【評】特選・入選とも終戦日の句を選んだ。作者の父上かどなたかが海軍の兵士であったのだろう。水兵帽は、七十五年経た今も、大事に保管されているのだ。作者は、この水兵帽を見て、どういう思いを巡らせているのか「白まんま」の句と共に読む者の心にずっしりと訴えるものがある。句の裏側には、「戦争は絶対にしてはならない」というメッセージが込められている。

髙橋正治選 
【特選】
 空蝉の一歩届かぬインターホン      松山市  藤山綾子
【評】空蝉は現身(うつせみ)でもある。勤めて精進すれば出来ないものはない。一滴の水も石に穴をあけることが出来る。精進は努力、届く筈である。

【入選】
 丑年の父を乗せたる茄子の馬     松山市 辻原雅子
【評】あの星の世界よりも尚遠い十万億土から一年に一度帰って見える仏さま。なすびやきゅうりの馬を添える。気をつけてね、又来年ねという声が聞こえてきた。