今週の山頭火句

今週の山頭火句 笠にとんぼをとまらせてあるく  山頭火

2012年6月3日日曜日

一草庵から石手寺地蔵院への道

  初夏のある日、かつて山頭火も辿ったであろう一草庵から石手寺地蔵院への道を、歩きました。行程およそ3キロメートル。
  大川沿いにある桜の古木に何かが見えました。近寄ってみるとヤゴから脱皮したばかりのトンボが、羽を乾かしています。生まれたばかりの透き通った羽に、周りの新緑が柔らかく反射していました。俳句を詠めない私は、いつも思います。山頭火ならどう詠むのだろうと。

  遍路道を東へ歩くことおよそ10分ほどで、俳句の道の山頭火句碑があります。(この句碑については以前紹介しました。その記事はここをクリックしてご覧ください)そこから熱田津の道を東へ行くと、道後温泉商店街です。山頭火は道後の湯もとても気に入っていました。

  朝湯こんこんあふるるまんなかのわたくし

 
  道後には山頭火や子規も訪れた宝厳寺常信寺などや、山頭火の句碑など見どころはたくさんありますが、今日はひたすら石手寺に向かいます。道後の賑わいを過ぎ子規記念博物館前をさらに東へいくと、左上に山頭火も句会に来たことのある義安寺が見えてきます。ここはその昔河野氏滅亡の折多くの家臣が自刃して果てたという古刹です。道後湯築城主河野氏とその家臣に思いを馳せながら義安寺に手を合わせ、先を急ぎます。道後から1キロメートルほど進んだところに、最近山頭火の句碑が建てられました。
   

分け入つても分け入つても青い山
 この句碑からほんのしばらく歩くともうそこは四国霊場五十一番札所石手寺の前です。参道には土産物などの店が少し並んでいます。店が途切れた右側に山頭火がよく訪れた地蔵院があります。
 山頭火は、昭和14年10月1日終の住処を求めて宇品港を出発、高浜港にやって来ました。
     ひよいと四国へ晴れきつてゐる
     秋晴れの島をばらまいておだやかな
 松山へ着いた山頭火は、大山澄太の紹介で高橋一洵を訪ねます。その足で長年の念願だった「層雲」の天才俳人野村朱鱗洞の墓所を求めてこの地蔵院を訪れたのです。しかし、ここには朱鱗洞の墓はありませんでした。しかし、これがきっかけで、山頭火はその後もときどきこの地蔵院を訪れています。
 写真にある門をくぐったすぐ左前に、現在は、山頭火の句碑と石造りの鉄鉢があります。

  うれしいこともかなしいことも草しげる 

 写真左下の石の鉄鉢には、次の句が彫られています。
    鉄鉢の中へも霰

 撮影の時刻が悪く、見えにくい写真になってしまいました。
 ここ石手寺は地蔵院を少し過ぎたところに国宝の二王門があり、そのほか三重塔などの7つの重要文化財があります。
 一草庵からわずか3キロメートルほどの道のりの中に、ぎっしりと歴史や文化の詰まったコースです。ぜひ一度歩いてみてはいかがですか。