紅葉と滝の綺麗な長浜の白滝公園で「白滝小唄」を作っているし、
昭和17年頃内子へも訪れている。内子の旧図書館の前には雨情の歌碑があった。
高森山から朝たつ風は内子繁昌とふいてくる 雨情 |
その時、雨情の東京専門学校時代の写真がアップされ紹介された。
あれ、山頭火が一緒に写真に写っててるでがないかと思った。
山頭火も雨情も同じく、明治34年東京専門学校に入学している。
(東京専門学校は、創立20周年目の明治35年9月早稲田大学と改称する。)
雨情は1年で、山頭火は2年で退学する。
その写真を。
野口雨情記念館蔵の雨情の写真 |
若き時代の山頭火の写真も添付しましょう。
結婚当時の妻サキノとの写真 |
明治37年ごろの山頭火 |
野口雨情記念館へ電話をして確認すると、
明治35年1月と写真の裏に記述があり「小滝淳」と記載されているとのこと、残念ながら別人らしい。
ある写真で見た夢物語りでした。