一草庵の「山頭火俳句ポスト」に投句された俳句は、195句。
(内、県外句は26句。)東京、塩釜市、長野上田市、京都八幡市、
宝塚市、三原市、広島市、山口市、高知市。
(内、県外句は26句。)東京、塩釜市、長野上田市、京都八幡市、
宝塚市、三原市、広島市、山口市、高知市。
山頭火讃ふ琵琶の音秋気澄む 西条市 山内智里
【評】琵琶の音で、青空も微風も、光も木立も、濁り水も澄んでくる。一抹の
哀愁を含んだ音色は久遠の響き、心を浄化さす。山頭火の命日に行われた
「山頭火一草庵祭」での句だ。(髙橋)
山頭火一浴一杯賞
婆のつく餅はんごろしみなごろし 松山市 近藤節子
【評】一般的に「はんごろし」「みなごろし」というのは、おはぎ(ぼた餅)に
使われる。蒸したもち米を半分つぶしたのが「はんごろし」、全部つぶしたのが「みなごろし」である。しかし、おはぎを「つく」というだろうか。
お福餅を「はんごろし」、搗きあげた餅を「みなごろし」というには無理がある
だろうが、「はんごろしみなごろし」の発見に一票。(小西)
山頭火柿しぐれ賞
蒟蒻の踏ん張り時や針供養 松山市 奥村繁子 【評】折れたり曲がったりした針ではなく、「蒟蒻」に注目したところが
この句の手柄。
一生懸命働いてきた針に楽をしてもらう為に、柔らかいものに刺して
針を供養し、裁縫の上達を願ったりするのであるが、多くの針に刺される側か
らすれば耐えきれぬはずで、中七「踏ん張り時や」の擬人化に俳諧味がある。
(白石)
この句の手柄。
一生懸命働いてきた針に楽をしてもらう為に、柔らかいものに刺して
針を供養し、裁縫の上達を願ったりするのであるが、多くの針に刺される側か
らすれば耐えきれぬはずで、中七「踏ん張り時や」の擬人化に俳諧味がある。
(白石)
【特選】
紅葉のトンネルの先工学部 松山市 石川祥子
【評】大学のキャンパスには樹木が多い。通路の両側に落葉樹が植えられて、
見事に紅葉のトンネルが出来ている。そのトンネルを抜けると工学部があ
るのだ。紅葉のトンネルという情緒的なものと工学部という硬質の学部の
出会いが詩になっている。「銀杏散るまつたゞ中に法科あり 山口青邨」
の 句がある。
【入選】
海賊の海を見下ろす蜜柑山 松山市 長澤久仁子
白石司子選
【特選】
【入選】
何もかも思い出にする春の雨 松山市 金子寿次郎
海賊の海を見下ろす蜜柑山 松山市 長澤久仁子
【特選】
烏瓜ここは東京歌舞伎町 松山市
辻原雅子
【評】楕円形で赤熟する「烏瓜」の実は、ネオンが煌びやかに輝く不夜城の「歌舞伎町」を想像させ、近称の指示代名詞「ここ」が、大都会東京の歓楽街に降り立った臨場感を生み効果的。また、夕方から花弁を開き朝にはしぼむ烏瓜の花が、花粉を媒介させる蛾の舞う姿を連想させ、一句を幽玄な趣あるものとしている。
【評】楕円形で赤熟する「烏瓜」の実は、ネオンが煌びやかに輝く不夜城の「歌舞伎町」を想像させ、近称の指示代名詞「ここ」が、大都会東京の歓楽街に降り立った臨場感を生み効果的。また、夕方から花弁を開き朝にはしぼむ烏瓜の花が、花粉を媒介させる蛾の舞う姿を連想させ、一句を幽玄な趣あるものとしている。
【入選】
何もかも思い出にする春の雨 松山市 金子寿次郎
【評】人間として生まれたことによる喜怒哀楽は、生ある限り付いて回り、時とし
て煩わしく感じることもある。しかし、一雨ごとに地を潤し、若芽を育てる柔らか
い「春の雨」は、「何もかも」を洗い流して想い出にしてくれるのである。
本郷和子選
【特選】
ふらここの鉄の哭く音寒波来る 松山市 大川忠男
【評】歳時記では「ふらここ」(ブランコ)は春の季語とあるが、本来、ブランコは
年中、子供の遊ぶ物としてあるものだ。ブランコにだれか乗っているのか、それとも
強い風にブランコが揺れてキイキイと鉄の音がしたのか、「鉄の哭く」がよい。ふらここで仮名の柔らかさと後に続く「鉄」と「寒波」の固さ厳しさの対比が巧み。
【入選】
よく遊ぶ仔犬や春を高く跳ぶ 松山市 上田雅子
【評】素直な句である。「犬」ではなく「仔犬」だからなお良い。仔犬の遊ぶ様子が
想像できてかわいい。「高く跳ぶ」は実際に跳びはねて遊んでいるのだが、「春を
高く跳ぶ」によって春の景が見えて、春が来た喜びを仔犬の動きとしてうまく表現
できた。