今週の山頭火句

今週の山頭火句 この木もあの木もうつくしい若葉  山頭火

2011年5月1日日曜日

「第4回俳句一草庵受賞俳句」のお知らせ

元気を出そう、震災をぶっ飛ばせ!「第4回俳句一草庵」開催される。

みずみずしい若葉の薫る4月29日に開催された「俳句一草庵」

先に上記のタイトルで「村上護特別賞」を発表いたしました。ここでは、「第4回俳句一草庵」当日の各賞を発表します。                                                                                                                     

「第4回俳句一草庵」では、短期間の俳句募集にもかかわらず、494句の俳句が集まりました。(一般の部230句、生徒の部227句、児童の部37句。)県外句は168句ありました。時事俳句として震災の句が30句ありました。

俳句一草庵当日、小西昭夫・白石司子・高橋正治・本郷和子・熊野伸二の各選者により各賞が決定されました。選考方法は、会場前方に俳句を10句づつ掲示していき、選者が旗揚げをして選考する方式です。会場を訪れた人々の見守る中で、次々と入選作品や各賞が選ばれていきました。聴衆参加型も目指して参加者の挙手も取り入れ、会場が一体となったなごやかな大会となりました。
                                  
俳句一草庵賞
野良猫が春の扉を開けて来る          松 山 安 悦子
(評)「野良猫」がよく効いている。「野良猫」だから「春の扉」をこじ開ける感じ
だろうか。もちろん、野良猫にも恋の季節が訪れてきたのだ。
春の訪れがいかにも嬉しい。そして、「野良猫」の力強さも。(小西)

一浴一杯賞
黒髪へ桜ひとひらずつの冷え         松 山 松井光子
(評)情景を想像するだけで、なんと美しくはんなりとした句であろうか
と思う。花冷えの頃花びらがひとひらずつ美しいその黒髪へ舞いおりて
  いるのだろう。花吹雪ではなく「ひとひらずつ」が、この句にゆったり
  とした情緒と品をかもし出している。(本郷)

一草庵うどん賞
揚雲雀空の深さを鳴きにけり         砥部町 日野幸子
(評)空高く舞い上がり、うららかな空へとつながる揚雲雀。だが、その
美しいさえずりさえも、作者にとっては宇宙空間の持つ深さ・重さを嘆
いてるかのように感じ取られたのである。
最短詩形である俳句にとって、「揚雲雀」に「鳴きにけり」をもってき
たことは少し惜しい気がしないでもないが、一句全体からは、東日本大
震災も連想されるし、「空の深さ」と暗喩を効かせたことが、一句を普遍
性のあるものにしていると思う。(白石)

小西昭夫選
<特選>
淡々と淡々と春東北に          香川県宇多津 中山喜博
(評)東日本大震災へのエールの句だろう。まだまだ復興のままならない地
域にも「淡々と」ではあるが、確実に春は訪れてきているのだ。人間の営
みよりも季節の営みは確かである。

<入選>
春炬燵ひとりぼっちの足二本         松 山 黒川礼子
(評)春になってもまだ炬燵を使っている。炬燵に入っているのは一人だけ。
だから、自分の「二本」の「足」をことさら意識する。それが春の愁いを
加速する。

白石司子選
<特選>
薄氷を跳び越へ少女登校す          松 山 米山千秋
(評)結構、あやうい少女期そのものが「薄氷」であろうか。思春期特有
の鬱屈感に包まれていた「少女」であるが、ある日、いや、ある時、突
然覚醒し、薄氷を踏むことなく、飛び越えて登校したのである。
もちろん、下五「登校す」は、少女の明るい未来を暗示。一句には、
作者の少女に対するやさしい眼差しが感じられる。

<入選>
桜蘂(しべ)ふる晩年の扉が開く        伊予市  稲岡幸子
(評)美しかった桜が散ったあと、地面が赤くなるほどにふるしきる桜蘂。
それはまるで晩年の扉が開くようだという句意だと思うが、「ふる」・「聞く」
と、一句にふたつの動詞を配したことが、何となくにぎやかな晩年の始まりを
想像させて楽しい。
全体的に見ると、下五の「扉が開く」とのバランスからして、上七の「桜蘂ふ
る」は「桜蘂降る」と漢字表記にした方がいいかもしれない。

高橋正治選
<特選>               
干されてシャツの笑うてる           大 阪 弓削酔魚
(評)姿勢を正しく見つめるとき人生の深さ面白さが分かってくる。
自らの心豊かであれば歓びを遠きに求めることは要らない、さて我が
心をも洗濯して見るか。

<入選>
「生きてますそれで十分」風光る       松 山 河野寿子
(評)今日の一日がくれてゆく雪とけの一滴が土に音を立てる、自然の
いのちのささやきである。この永遠が静かに息づいている早春の光が
窓を染める。「ありがとう」ひとり何ものかにむかって合掌する。

本郷和子選
<特選>
生者にも死者にも春灯            松 山 伊藤海子
(評)自由律である。この度の東日本大震災で、亡くなった多くの人にも今、
生きている人にも優しく温かな春の灯は点されているのだ。
歴史的不幸な出来事があった後ゆえ、生も死も、その境界は無く誰しもの
持つ死生観が読み手の胸に深く沈滞する感動の一句である。

<入選>
それっきり行先告げず草の絮       松 山 片岡寿子
(評)たんぽぽの絮は春であるが、草の絮は正しくは秋。絮を擬人化し
「行先告げず」とあり行方はだれも知らぬ、まるで山頭火の漂泊放浪
の旅のようである。導入部分の「それっきり」の使い方もユニークで
おもしろい。

野伸二選
<特選>
ふらここの揺れ残りをり昼の月        松 山 岡田偉子
(評)「ふらここ」は「ぶらんこ」のこと。古来、中国では「鞦韆(しゅうせん)」
と言って春の戯れとした。つい先程まで、ぶらんこを漕いでいた人がいて、その名残
りの揺れが続いている。空には白い昼の月が見える。戯れていたのは、恋人同士か、
或いは子供か。黒澤明の映画「生きる」で、死が間近かの老官吏が「命短し恋せよ乙
女…」と歌いながら「ぶらんこ」を揺するシーンを連想した。

<入選>
生者にも死者にも春灯            松 山 伊藤海子
(評)今春の東北地方太平洋沖地震は、3万人近い人々の命と財産を奪う未曾有
の災厄をもたらした。春灯は、辛くとも死を免れた人にとって「生きている」こと
を実感する灯であり、死者にとっては鎮魂の灯。大震災の春ならではの重さで、
読み手の胸に迫る。

俳句一草庵会場賞
花衣女の魔性たたみこむ            松 山 三好真由美
 (評)「花衣」は「華やかな衣」または「桜襲(さくらのかさね=表は白で裏は花色)」
を差し、桜の季節の女性の装い。花の美しさにふさわしいよう美しく装う時は、
女の性(さが)は、花衣の下へ包み隠されているということらしい。「魔性」を
深刻に解釈すべきではなかろう。(熊野)

朝という静寂の中の黄水仙           松 山 中本静枝
(評)「眠らない町」という言葉があるように、町から静寂が失われて久しい。
作者の住居は静寂の保たれた環境でもあろうか。すべてが活動を始める前の早朝、
静かな空気の中で水仙がすっくと立って鮮やかな黄色の花を咲かせているさまを
詠んでいる。「静寂」は「しじま」と読んで選句した。(熊野)

雛の宴童心になり語る母            松 山 橋本伎代子
(評)三月三日の雛祭は、雛壇を設けて雛を飾り、白酒や桃の花を供えて、祝う
平安の昔から続く雅な伝統行事。年老いた母が、幼児の頃の雛祭を回想して饒
舌なのを、相槌を打ちながら聴いている作者がいる。好ましい親子関係が見える。(熊野)
山笑ふことを忘れし四月かな          松 山 浅海好美
(評)「春山は淡冶にして笑うが如し」(中国宋代の山水画家・郭熙の画論)から、
「山笑う」は「春山」を示す。今年の春も例年と変わらず、芽吹きの山は「笑ふ」
状況だったが、甚大な被害の大地震があっただけに、作者には例年の如くには
見えなかったのである。山は泣いていたかもしれない。(熊野)

花冷えや心にひとつ穴のあき          松 山 宮内妙子
(評)桜の花時は天気が変わりやすく、急に冷え込むことがある。花は
うららかな陽光の下でこそ楽しめる。作者の「心に穴があいた」のは何故か?
東北の地震被災者が寒さに凍えているのを思ったのかもしれない。(熊野)
会場賞を選ぶ参加者
俳句一草庵若葉賞
十字架と隣り合わせに燕来る          伯方高   青木譲士
(評)「十字架」が東日本大震災を連想させる。少し理屈っぽいところがあるが、
その若々しさに好感が持てる。「燕来る」に救いが託されている。(小西)

春愁や赤鉛筆のしん折れる           飛騨神岡高 前田朱里 
(評)「春の物思いであり、憂えであり、哀愁である」と歳時記は「春愁」を説く。
うら若き乙女の作者は、どんな愁いを持っているのか。受験勉強で、参考書に赤鉛筆
でボーダーラインを引いていたら、思わず力が入り過ぎて芯が折れたのかもしれない。
そうやって成長していくのです。(熊野)

昭和の日父は頭を刈りに行く           伯方高   安部光陽
(評)四月二十九日は昭和天皇の誕生日であり、「みどりの日」から数年前
「昭和の日」と変わった。散髪に行くことを「頭を刈る」という少年らしい
表現と、父親の内面や人生感を幅広く想像させる奥深いものがある。
報告であって報告にとどまらぬものがある。(本郷)

小刀で鉛筆削る遠蛙              済美平成  和気由布子
(評)遠くなった少年の日の限りない郷愁を呼ぶ。自然に発する機能が調和
的に表現される。感じることはすばらしい、想うことはすばらしい。
昨日は去った、今日の新しい心で鉛筆を削る。(高橋)

ちょうちょとびいきものどんどんふえていく    湯築小   青野元哉
(評)「ちょうちょとび」だったら、まあ、当たり前の景。だが、「ちょうちょ」
から「いきもの」へと発想を飛躍させたところが何ともすごい!
そして「どんどんふえていく」が、日本の、そして世界のすばらしい未来
を予測。また全て平仮名表記を使用したことが、一句全体を明るいものと
させている。(白石)