遅くなったが、山頭火ファンが揃って、映画「あなたへ」を見た。
映画は、
このみちや いくたりゆきし われはけふゆく 種田山頭火 の字幕で終わる。
この句は、現存する山頭火日記・行乞記(昭和5年9月 九州地方)の表扉にかかれている。
このみちや
われはけふゆく
しづけさは
死ぬばかりの水がながれて
この句は、若山牧水の歌
幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく
に共鳴して作った句のように思える、旅をしながら、山頭火は牧水の歌をよく口すさんでいた。
牧水は、1904年(明治35年)早稲田に入学、そして1928年(昭和3年)に病気でなくなっている、享年43歳。山頭火は1902年に早稲田入学、2年先輩。山頭火は1904年に退学しているから面識はないと思うが、旅をしながら、後輩の活躍ぶりを応援していた。
(参考:山頭火は、折本第一句集「鉢の子」を昭和7年6月2日に刊行するが、結庵を諦めて川棚温泉を去る。当初、山頭火は、この句集の名前を「破草鞋」と考えていたようだ。
そのことが解る木村緑平宛ての山頭火の手紙が残っている。<昭和7年3月23日>
”句集の体裁も書名もお任せしますが、「破草鞋」と題してはどうでせうか、これは禅語として、使いつくしたものを意味します。そして私の生活に即していつても、清算を暗示しませう、いつぞやお話いたしましたところの、「この道をゆく」は本格的句集に名づけたいと思います、……”
句集の題名は、「破草鞋」でなく、井泉水の助言を入れて、「鉢の子」に決定。
行乞記の最初に記した山頭火の句
このみちや いくたりゆきし われはけふゆく の句には、
本格的な句集に「この道をゆく」と名付けたいと考えていた山頭火の思いが、にじみ出ているよう思えた。)
さて、話を映画に戻そう。
無言の背中に、語らずして人生を表現する、日本映画界を代表する高倉健の存在に、
山頭火の句もかすんでみえる。
そして、山頭火の句よりも、回想シーンにでてくる田中裕子の歌が、うまいのにビックリした。
その歌は、宮沢賢治の作詞・作曲の童謡「星めぐりの歌」。田中裕子は、宮沢賢治の名を忘れさせるような、さわやかで新鮮な歌声で、兵庫県朝来市の竹田城跡(天守閣のない石垣だけの日本百名城の一つ)の「天空の音楽祭」で歌っている。
一番の名演技は、余貴美子ではないだろうか。テーブルに置かれた紹介メモの字”大浦吾郎”を見る眼も、妙にいい、この人も語らずして、多くを語る。
結婚を前にした、彼氏と娘のウェディング・ショットの写真を、海に流して欲しいと英二に頼む。
7年前に遭難したまま、帰らぬ人となった夫に、二人の結婚を報告できるからと…。
倉島英二(高倉健)は、ただそれだけで、勘がはたらく。
空一面の夕焼け、吾郎の船に乗って散骨に行く。ダルマ夕日が、実に美しい。
夕陽を見つめて、静かに妻の遺骨を海にまく。
カッコいいですよ。そっと静かに稚魚を放流するようにして、海に骨を流す。
そして、英二は戻された退職届を、薄香の郵便局に投函して、平戸を去っていく。
門司にたどりついた英二は、南原(佐藤浩市)に余貴美子から託された娘の写真を渡す。
そして、言う、
「あなたには、あなたの時間が流れている」と。(妻・洋子から英二への最後のメッセージだった。)
英二は、妻と共有した時間から旅立ち、自分自身の人生を歩み出す旅に出ようと思う。
残された想い出の中だけに生きるのでなく、
老いてもなお、歩み出して欲しいと願った妻のために。
そして、この映画の最後に登場するのが、種田山頭火の俳句。
このみちや いくたりゆきし われはけふゆく
私はまた旅に出た。
所詮、乞食坊主以外の何物でもない私だった。愚かな旅人として一生流転せずにはゐられない私だった……。(行乞記より)
そんな山頭火の句に余韻を感じ取った人は、いるのだろうか。
映画で紹介された山頭火の句は、3句だった。
行き暮れてなんとここらの水のうまさは
分け入つても分け入つても青い山
このみちやいくたりゆきしわれはけふゆく
<小説と映画の違う処>
★映画では、妻洋子からは2通の葉書。
1通は、1羽のスズメと白い燈台の絵に、
「故郷の海を訪れ、散骨して欲しい」という言葉。
もう1枚は、洋子の故郷、長崎県平戸市の薄香郵便局への局留め。
白い灯台の絵に、5文字の「さよなら」だけ。
小説での局留め郵便は、長い手紙。
その最初の一行は、 「あなたへ」
「…この局留めの手紙は、今回の旅へと強引に誘い出しました。
薄香の海に散骨をしてもらえば、いよいよあなたとお別れです。
これからは、あなたには、あなただけの「一歩」があると思うのです。
その一歩を踏み出して、どんどん素敵な人生を歩んでください。……
あなたと出会えたことは、私の人生における最良の奇跡でした。
出会ってくれて、ほんとうにありがとう。
心から。 洋子」
★映画で、ビートたけしは、中学校の国語教師で登場。
中学の先生といいながら、なんとなく怪しげな雰囲気を上手にかもしだすビートたけし。
車上荒らしをする杉野、中学教師をしていたのも嘘と、警察に暴かれる。
小説では、女子高の元国語教師、卒業できない女子高生の罠にかかって、そのわいせつ行為で、教職を解雇される。
★イカメシの展示販売所は、大坂の阪急百貨店。
映画では、京都に入って東寺の五重塔が映し出される。そして大坂の阪急百貨店で、健さんはイカ洗いを手伝う。
小説では、広島の福乃屋百貨店となっている。
★小説にはない部分
台風が通り過ぎて、英二は妻の生まれた故郷を歩るく。
そして、ある古ぼけた写真館で、立ち止まる、
ウインドウに飾られてる妻洋子の少女時代の白黒写真見つける。
じっと見つめていた高倉健は、帽子を取って、
「ありがとう・・・・」と声を出す。
カッコイイですね、健さん。
妻の残した言葉の想いを感じるのだった。
山頭火に次の句がある。
牧水の歌を誦して
秋ただにふかうなる今日も旅ゆく
今回の映画は、倉島英二(高倉健)の富山から長崎までのロードの旅。
その道中で、いろいろな事情を背負った人と出会う。
山頭火が好きという怪しさ漂う元中学校の先生という杉野輝夫(ビートたけし)。
妻に浮気されたイカ飯のトップセールスマン田宮裕司(草彅剛)。
平戸薄香から失踪中の南原慎一(佐藤浩市)。
遭難した主人を思い出す薄香漁港で濱崎食堂を営む濱崎多恵子(余貴美子)。
もうすぐ結婚するという奈穂子(綾瀬はるか)と、その彼氏大滝卓也(三浦貴大)。
今日も旅ゆく山頭火。
山頭火流に言えば、「旅」は「人生」を象徴している。
この映画、旅を通じてさまざまな人生を映し出す。
不幸を背負って
捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
と放浪する山頭火の世界が、ふと偲ばれた。
山頭火も宮沢賢治も、
歩いているだけ絵になる高倉健に食われてしまった映画のようでもあった。
映画の登場人物を頭に描き、改めて森沢明夫の映画小説「あなたへ」を読めば、
あなただけの素晴らしい心の旅に出ることができるはず。
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