今週の山頭火句

今週の山頭火句 笠にとんぼをとまらせてあるく  山頭火

2012年10月28日日曜日

「第3回山頭火検定」の試験問題です。<その3>

検定問題にチャレンジしてみませんか。

問11 山頭火と5つ違いの弟は母の死の直後、6歳で養子に出されます。種田家の破産後、養子先から縁をきられて、岩国の愛宕山中で縊死します。山頭火の悲しみは計り知れませんでした。「帰らんと心は矢竹にはやれども故郷は遠し肥後の山里」の辞世の歌を残した弟は、誰ですか。


1 五郎
2 二郎
3 太郎 

問12 大正7(1918)年10月31日、山頭火が「俳壇の啄木」と評した松山市生まれの天才自由律俳人がスペイン風邪で夭折しました。その人は誰ですか。
「山頭火と朱鱗洞」<藤岡照房>2012.8.22

1 野村朱鱗洞
2 尾崎放哉
3 河東碧梧桐 

問13 妻子を放置し、再起を期して上京し、妻の兄に「無責任さ」を責められて、離婚された山頭火はある出来事のために、元の妻のところへ帰らざるをえなくなりました。その出来事とは何ですか。

1 東京市職員辞職 
2 関東大震災発生  
3 神経衰弱発症

問14 「疲れて戻る夜の角のいつものポストよ」は、大正8(1919)年、山頭火36歳、文学への思いを捨てきれず上京しセメント試験場に勤務していた時の句です。大正10(1921)年には、東京市の職員になります。どこに採用されましたか。

1 江戸川浄水場
2 一ツ橋図書館  
3 教育委員会

問15 大正13(1924)年、山頭火はその後の人生を変える一大事件を起こしています。その事件とは何ですか。

1 熊本市公会堂前で進行中の電車の前に立ちはだかった。
2 熊本市の有名料亭で無銭飲食をした。
3 熊本市で政治活動をして、留置場にいれられた。
熊本公会堂の跡地近辺の風景


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