本年、12月3日の山頭火誕生日に、山頭火生誕140年を迎えました。
愛媛新聞にて、小田記者が、句集『遍路行』の取材をしてくれた。
(山頭火の書き残した、1枚の遍路行の自筆句原稿、句日記、四国遍路日記より
〇印をつけている句、138句を抜粋しています。)
昭和15年2月26日の「松山日記」には、「夜は”遍路行”推敲」とある。
山頭火最後の四国遍路の旅は、昭和14年10月6日から11月21日までの47日間に行乞の旅。
野宿と題してこんな句を詠んでいます。
わが手わが足われにあたたかく寝る
夜の長さ夜どおし犬にほえられて
寝ても覚めても夜が長い瀬の音
( 十一月十九日の日記
落出の街はづれ大野大師堂でお通夜、・・・・ 落出に来たが泊まれない(宿屋という宿屋ではみな断られた、遍路はいつさい泊めないらしい)・・・ 宵のうちはアルコールの力で熟睡するが、明け方には眼が覚めて、夜の長いこと長いこと、水音たえずして、そしてしづけさ、さびしさ、昨夜のにぎやかで、うるさかつたのにくらべて、この寒さ、とにかく、ここ二三日はいままで知らないものを知つた。)
いちめん霧である、寒い寒い、手足が冷える(さすが土佐は温かく伊予は寒いと思ふ、とある。 十一月二十日頃の野宿、本当に寒かったと思う。
この句集は、次の句から始まります。
秋晴れひよいと四国へ渡つて来た
この句は、松山市の海の玄関・高浜港に2009年10月1日に句碑が建立されています。
(来松70年記念、山頭火は、昭和14年10月1日に松山へやって来る。)
大山澄太さんは、あの木枯し紋次郎は黙って多くの悪人を斬ってすてた。
山頭火は、人を責めないで、己の心を斬り刻んだと。
山頭火が、室戸の岬で詠んだ句、自筆半切軸を載せています。
べうべううちよせてわれをうつ