今日3月11日、東日本大震災から1年、祈りを捧げます。
昨日、3月10日は一草庵・山頭火の日として、「山頭火と大山澄太さん」の勉強会をしました。
「鬼怒鳴門(キーン・ドナルト」は、ドナルド・キーンさんの雅号。
3月8日に、日本の国籍を取得されています。
今、がれき処理は6.3%、がれき処理に協力したがらないに人々に、鬼は怒っているようです。
ドナルド・キーン先生は、2009年松山で開催された「全国山頭火フォーラム」に来ていただき、子規や山頭火の話をしてくださった。
キーン先生は、日本を終焉の地として選び、山頭火は終焉の地として、松山を選んだ。
山頭火は、平泉を訪ね、毛越寺で次のような句を詠んでいます。
ここまでを来し水飲んで去る 山頭火
大山澄太先生と親交のあった廣田弘子さんから送られてきた「山頭火と大山澄太先生」の原稿をもとに、お話をした、少しだけ紹介。
澄太先生の「水のような心」のお話。
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書・澄太 |
『落葉の底を、あるかなきかに、流れている水が、ひとたび崖にかかると、素晴らしい力で身を捨てて、岩上に落下する。
また流れが浅瀬にかかると、さらさらと、淨(きよ)らな歌を、
歌いて流れるかと思うと、淵に溜まると、青く澄み切って、深い沈黙を守り大きな魚を遊ばせる。
水はこのように、くよくよしない。そして後に戻らない。
どんなことがあっても、前向きに流れ流れて、大海に入ってゆく』と。
流れ流れて、青く澄んで溜まった、浄化された澄太先生の水の中に、山頭火さんは、大きな魚となり遊ばせてもらったのではと、想像を巡らす。
濁れる水の流れつつ澄む 山頭火
一草庵にて、石に刻まれている山頭火の晩年の作品である。
この句は、晩年を迎えた現在の私の心境と重ね合わせた、心に沁みる一句である。
澄太先生の「水のような心」と相通ずるものがあるのではないだろうか。
流れつつ澄む、と詠う俗臭を離れた山頭火の穏やかで静逸な心境に安らぎを、覚える私である。奇しくも御縁ともいうべきか一草庵の近くに住んでいる私は、山頭火が歩いた川辺を、時々散歩する。
「濁れる水の流れつつ澄む」
澄みし川面に吾影映す 廣田弘子
<補足> Tさんに借用した澄太書の軸を、一草庵の床の間に掛けました。
まつたく雲がない笠をぬぎ 山頭火
心の雲もなくなつた青い空 澄太
今日の新聞には、(震災の思い)
「時は流れない。雪のように降り積もる。」とあった。
衣・食・住、そして仕事、早く早く対策が必要ですね。
ふと、山頭火の句を思い浮かべました。
生死の中の雪ふりしきる
濁れる水の流れつつ澄む
この山頭火の日、一草庵来庵者は、80人。
山頭火の勉強をしたいと、小学三年生が来てくれた。
「貴女と同じ年に、山頭火さんはお母さんを自殺で亡くしたのです。
放浪の旅をしながら、その御位牌を抱いてお寺に詣でて、成仏できるようにお祈りしていたんですよ。そして死ぬまで俳句を作り続けた人です。…」
仏壇には、いつものようにAさんが、手作りのおうどんを供えてくれている。
うどん供えて、母よ、わたしもいただきまする 山頭火
その他、松山三庵めぐりの御一行、相原左義長先生と俳句の仲間たち、
東京、岡山その他県外人たちが、梅の花咲く、一草庵を訪れた。